夫婦が離婚するにあたり、婚姻時から別居時あるいは離婚時までに形成されてきた財産を2分の1ずつ財産分与することになります。残念なことに、財産分与の対象として、将来にならないともらえない退職金も含まれてしまいます。
将来給付される退職金が財産分与の対象となる理由
財産分与の対象として、預貯金や不動産、金融商品、保険契約の解約返戻金等が含まれることは、感覚的にやむを得ないと思われることでしょう。これに加えて、「将来」給付される退職金も財産分与の対象となります。
退職金は、会計学上、給与の後払的性格を有するとされています。毎月もらえる給与のうち、一定金額を会社が差し引いて預り、会社あるいは会社が委託する資産運用会社がこれを運用して、将来退職時に会社が退職する労働者に支払っているのです、なお、退職金は功労賞的性格も併せ有するものですが、財産分与の計算にあたっては横に置くことになります。
将来確実に支給されるか分からない退職金を財産分与としてよいかという疑問
もっとも、果たして将来確実に退職金を受給できるか疑問が残ります。将来会社が倒産してしまうおそれも考えられるからです。
この点、裁判実務上、退職金・退職手当などの給付金について、支給の蓋然性が高い場合に財産分与の対象となるとされています。
東京高決平成10年3月13日
抗告人は,退職時期は,不確定であり,死亡する可能性もあると主張するが,退職金のうち財産分与の対象となるのは,婚姻期間に対応する部分であって,離婚後のどの時点で退職しようと,財産分与の対象となる退職金の金額は変わらないのであるから,抗告人が主張するような事情は考慮する必要はない。」
本件事件においては、夫側は、退職時期は不確定であるし、夫が死亡するかもしれないと主張しました。しかし、婚姻期間に対応する部分の退職金については、財産分与の対象なると判示しました。これは、まさに「退職金は給与の後払的性格を有する」との考え方を具現化したものといえます。婚姻期間に会社がプールして運用している給与の一部は財産なのだ、という考え方に基づいています。
また、将来会社が倒産するのではないかという反論に対し、「支給を受ける高度の蓋然性が認められるとき」という限定を付けています。具体的には、「勤務する企業の規模等に照らして」と判示しています。そのため、会社が上場企業であったり、職業が公務員等であったりする場合には、支給の高度の蓋然性が認められることになるでしょう。
実務の考え方
もっとも、実際には、将来の不確定要素はその蓋然性が高い場合を除き考慮される必要がないというのが実務上の運用です。上記裁判例とは反対に考えられており、「支給を【受けられない】高度の蓋然性が認められるとき」に、退職金を財産分与の対象から外すというように、逆転してしまっているのが実状です。
夫自身の事由による退職金の不支給
会社が安泰であったとしても、労働者が懲戒解雇されてしまった場合には退職金が支給されなくなってしまうことがあります。しかし、懲戒解雇のように本人の責任によるものは、基準時(別居時あるいは離婚時)後に自らの行為によってその権利を喪失したものであるから、考慮する必要はないとされています。
財産分与対象となる退職金の金額
夫婦が婚姻期間中に形成した財産が財産分与の対象となります。そのため、婚姻時から別居あるいは離婚時までに形成されてきた退職金増加部分が財産分与対象となります。
退職金の算定方法については、単純に定額の拠出額を基に勤務年数を掛け合わせて算出する方法、退職時基本給に勤続年数に応じて定められた支給率を掛け合わせて算出する方法、勤続年数に応じた額に退職事由(自己都合か会社都合か)に応じた係数を掛け合わせて算出する方法、役職等実績に応じて加算累積されたポイントに1ポイントあたりの単価を掛け合わせて算出する方法、など様々です。
もっとも、どのような方法によっても、「婚姻時に自己都合退職していたら退職金はいくらであったのか」「別居(離婚)時に自己都合退職していたら退職金はいくらになるのか」は計算ができるはずです。そこで、両時点での退職金金額を会社に算出してもらうことで、財産分与対象となる退職金の金額は明らかになります。
将来の退職時点での金額しか判明しない場合には、中間利息を控除した婚姻期間対象金額をもって財産分与の対象金額を算出します。
将来支給されるべき退職金について いつ分与するのか
原則
退職金は将来支給されるものであるものの、財産分与は離婚に当たっての清算であるため、財産分与時に即時に支払うべきものです。
例外
もっとも、勤続年数が長く、また退職金金額が非常に大きい場合、婚姻期間対応部分にかかる金額といっても、現実に支払能力がない場合も考えられます。また、退職金受給までの将来までの期間が長い場合も同様の問題が生じます。
だからといって、当該退職金部分を分与するために会社を退職しなければならないとするのはあまりにも不合理です。
そこで、支給を受けた時点での支払いを命じられることがあります。
名古屋高判平成12年12月20日
「控訴人は、・・・国家公務員に採用され、以来税務職員として勤務を続け、被控訴人と別居した・・・までの勤続年数は二三年であり、現在(当審の口頭弁論終結の日)での勤続年数は二七年となる・・・その額は16,328,025円・・・となる。」「控訴人への退職手当給付は、控訴人の退職時になされるものであるから、控訴人指摘の支給制限事由の存在、さらには、将来退職したときに受給する退職手当を離婚時に現実に清算させることとしたときには、控訴人にその支払のための資金調達の不利益を強いることにもなりかねないことも勘案すると、被控訴人に対する控訴人の右退職手当に由来する財産分与金の支払は、控訴人が将来退職手当を受給したときとするのが相当である。」
この事件は、税務署職員の27年もの長期間にわたる退職金の財産分与が問題となりました。その婚姻期間に対応する退職金金額は約1600万円であり、その半分である800万円を現金で一括して妻に分与することは非現実的です。そこで、上記においては、資金調達の不利益を強いることを避けるべく、「財産分与金の支払は・・・将来退職手当を受給したときとするのが相当」と判示したのです。
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